聞きもせず 束稲山の櫻花 吉野のほかに かかるべしとは                   山家集 西行
おくに猶 人見ぬ花の ちらぬあれや たづねをいらむ 山ほととぎす            山家集 西行

高館からの束稲山   平泉一の絶景を誇る 手前北上川   
平成21年11月11日の朝日新聞に面白い記事が載っていました。平家の栄華と滅亡を描いた平家物語の縁の地のベスト10が載っていたのです。1位がここ平泉(岩手県)で2位が壇ノ浦(山口県)・3位が一の谷(鵯越・兵庫県)なのです。続いて鞍馬・宮島・屋島・鎌倉・熊野・比叡山・嵯峨野と並んでいたのです。悲劇のヒーロー終焉の地平泉と奢れる平家滅亡の地が共に並んでベスト3なのはやはり日本人の判官びいきか滅びの美学への憧憬なのでしょうか。勝者頼朝の鎌倉を断然引き離してるのです。「たばしねやま」と読むこの山は平泉の東 北上川挟んで真向かいにある標高595.7mの山である。たわんだ稲束にその姿が似ていることからの名前らしいが本当の束稲山は殆ど見えない。地図を見ると一番手前に駒形山(430m)その左奥に経塚山(519.1m)がありその奥東山町との境に束稲山があるためだ。高舘義経堂前を掃除していた方に「歌に詠まれた束稲山は実際は見えないんですね」と尋ねたら彼は「いや、その総てが束稲山なんだよ」と自信たっぷりの答えが来た。納得せざるを得ないのだが然し高舘の小丘からみる束稲山の景色の見事さは実に素晴らしいのです。そもそも登った高舘そのものが義経自害の地、そこから見下ろす足下の弁慶が立ち往生した衣川古戦場 北上川の大河 そして向かいの束稲山 それに感慨深い歴史の悲劇が相乗効果となって更にイメージアップされるのは間違いない。然し平泉遺蹟調査事務所によると高舘と言われる衣川館は衣川の北にある接待館遺蹟が有力視されているとの事であり義経が見た束稲山ははこの高館ではないらしい。この山が著名なのは何と行っても西行の山家集のお陰である。その中で『陸奥の国に平泉に向かいて、たはしねと申す山の侍に、異木は少なき様に桜の限り見えて、花の咲きたりけるを見て詠める』と一面見事な桜のに感激して上の歌を詠んだ。桜に魅入られた西行を感激させた束稲山には往時あの衣川の俘囚の長安部頼良が1万本の桜を植えてお花見をした事に始まると言う。吾妻鏡文治5年(1189年)9月27日条には駒形嶺」と記され『桜が並殖された山では5月になっても残雪が消えなかった』と書いている。 然しこの桜何時消えたのか分からないが1786年(天明6年)奥州一円を旅歩いた菅江真澄が平泉を訪れた時には既に桜は一本も無いと著書に書いている。現在は3000本ほどありお花見で賑わうのだという。所で西行は何ゆえに桜に拘ったのだろうか。有名な歌に   願わくば 花のもとにて 春死なむ その如月の 望月のころ
と どうせ死ぬなら桜の花が咲いてるときに死にたいものだ と詠み死んだならば
  仏には 桜の花を たてまつれ わが後の世を 人とぶらわば

と 死後私を弔うならば桜の花をあげてくれればいい と詠んでいる。異常な程桜に夢中なのです。実は一説桜は叶わぬ恋の相手を指すのだと言うのです。その彼女とは何と鳥羽上皇の中宮待賢門院璋子だという。たった一度の逢瀬のあとの『後朝(きぬぎぬ)の別れ』の後に
  おもかげの 忘らるまじき 別れかな 名残を人の 月にとどめて
と 忘れようとて忘れられず 二度とは逢う事の無い放心状態を詠んでいる。璋子も璋子で
  長からむ 心も知らず 黒髪の 乱れて今朝は ものをこそ思へ
と詠んでいる。そんな思いで吉野山の桜や花を璋子(又は皆さんのパートナー)に置き換えて詠んでみて下さい。
  吉野山 こずゑの花を 見し日より 心は身には 添わはずなりにき
  あくがるる 心はさても やまざくら 散りなんのちや 身にかへるべき
  花見れば そのいはれとは なけれども 心のうちぞ 苦しかりけり
  見る人に 花も昔を 思ひい出て
 恋しかるべし 雨にしをるる
  花を見る 心をよそに 隔たりて 身につきたるは 君がおもかげ
  葉隠れに 散りとどまれる 花のみぞ 忍びし人に 逢ふ心地する

何となく彼の気持ちが理解出来るでしょう。天皇警護の一介の武士と王家の奥様との叶わぬ恋だったのです。今日(こんにち)絶滅して久しい男の純情そのものだったのです。そんな思いで束稲山を眺めて見るのも感慨深いのです。大分話がそれましたがそれにしても我々と遜色のない西行の人間くささには共感を覚え得ずにはいられないのです。束稲山は 高館 衣川古戦場 北上川と4っつで1セットとしてその歴史の存在感は永遠に我々を魅了する事でしょう。
(平成16年9月24日)(参考 西行 岩波書店・岩手県の地名 平凡社・都市平泉の遺産 山川出版社・東国平泉 岩手日報社出版部。NHK大河ドラマ平清盛)
   
        束稲山