蝦夷(えみし)・陸奥(みちのく)・歌枕(うたまくら)

  一体この魅惑的単語の歌枕とは何でしょうか?中々定義は難しいようなのです。大言海(資・冨山房)によると『@詠歌の枕言の意か A歌に詠み入るべき料の詞 B専ら詠歌の材とする名所・古跡』とあり、日本語大辞典(講談社)によると『もとは枕詞や名所など和歌を作るときに必要な事柄を示した書物、後には歌に詠まれて有名になった諸国の地名の名所を云う』とある。 又広辞苑(岩波書店)によれば『@歌を詠む時の典拠とすべき枕詞・名所など 又それらを書き集め解説した書 A歌に詠み込まれた諸国の名所』とあり 国語大辞典(角川書店)によれば『古歌に読み込まれた名所又それを書き集めた書物A歌に詠み込む枕詞』とありました。要約すれ『歌に詠まれた諸国の名所』とでも云うのでしょうか。「諸国の名所だから歌に詠まれた」のではなく、「歌に詠まれたから名所になった」というほうが正確な様です。  そんな諸国の名所は日本全国に2千数百ヶ所もあると言うのです。その一番多いのは山城(京都府) 次が大和(奈良県)そして3番目が我陸奥・出羽(東北)なのです。陸奥の有名な歌枕は凡そ70箇所、無名の歌枕をあわせれば凡そ140〜150箇所はあるだろうと云われている。 塩釜商工会議所青年部まちずくり委員会会長の横田喜光氏によると著名な歌枕の地「塩釜」だけで詠まれた歌は500首ぐらい有ると云うのです。「信夫」と名のつく歌も200首位 「白河の関」が80首余りあるので陸奥の歌枕の歌数は数千首に上るのではないだろうか。そしてそれを詠んだ人の数も想像だが千人は下らないのではないでしょうか。然し実際に陸奥に足を運んで詠んだ人は実方・能因・西行等10人に満たないらしいのです。陸奥守ですら実際に陸奥に赴任しない「遥任」と云う人が大部分だったのです。つまり多くの人は口コミや風説から想像力だけで陸奥を詠んでる事になるのです。都から1000km以上もかけ離れ容易には踏み込めない遥か彼方の異国、化外の地のエキゾチックな風景を実際に見る事が出来ないからこそ個人の想像力が益々高まり拡大解釈されていって多くの歌となったのではないでしょうか。古代の人が陸奥の地を想像しながら歌を詠んだとは逆に、今 陸奥の歌から古代の多くの人々の足跡を想像する事程楽しいものはありません。単に観光だけでなく少しの文学 少しの地理 少しの歴史など少しの予備知識がないと是ほど詰まらない旅はないでしょう。ささやかな知的な要素を兼ね備えていて 単なる物見遊山に終われない歌枕の旅は魅力的です。眺めるだけの景色でなくそれに歴史を重ねて見る素晴らしい風景を改めて再認識出来る陸奥の歌枕の旅です。そして歴史は時代の人々の足跡です。犯罪捜査に似て足跡から意外な史実が発見出来るのも又楽しみである。そんな魅力に獲りつかれて陸奥・出羽を歩いています。仕事しながらの駆け足の取材では知り得た歴史はほんの一部に過ぎないでしょう。書物でなく地元のお爺ちゃん・お婆ちゃんの話は真実味十分である。「地元の歴史は地元で聞け」が一番である。

  尚このぺージは浅学非才の趣味の世界であり、古代陸奥への夢とロマンと勝手な想像の世界への逍遥で、史実、事実と異なる記載も多い事を御諒承下さい。その時は是非御一報頂けることを事を楽しみにしております。                        
                             
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                          平成18年1月29日  福島市 若槻武雄