うなばらや 鼠が関に 風荒れて 寄せ来る波を 宿る方なき
東遊雑記 古川古松軒
念珠関村 字鼠ヶ関と 聞きにしに 心足りつつ 吾去らんとす
アララギ派歌人 土屋 文明
遠く来ぬ 越の海府の 磯尽きて 鼠ヶ関見え 海水曇る
与謝野 晶子 |
右 古代鼠ヶ関祉と関戸生産遺跡
古代鼠ヶ関は軍事警察的な防御を目的とする関所とそれを支える高度の生産施設を持った関戸集落二より関が成立していた
右端上下 国指定史跡近世鼠ヶ関祉
上の画像には勧進帳の本家と書いてあるのもほほえましい 下の史跡念珠関祉は国道7号線の脇にある
右 古代鼠ヶ関祉の碑
先方がJR羽越線鼠ヶ関駅
吾妻鏡の文治五年(1189)の奥州征伐の条に「越後の国より出羽鼠ヶ関に出て合戦を遂ぐべし」とあり義経追撃と平泉攻略が生々しく想像される 温海町の文化財(教育委員)会
鶴岡市鼠ヶ関字原海 |
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勧進帳の本家
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