右鳥居の謂れは 秋田市中心部に江戸時代に築かれた久保田城のある千秋公園に与次郎稲荷神社がある 初代秋田藩主佐竹義宣が与次郎と云う狐を飛脚として重用していた 与次郎は江戸へ三日と云う速さで走ったので義宣の厚い信頼を勝ち取った 
所がここ羽州街道の六田付近で殺されてしまった 大いに悲しんだ義宣は城内に与次郎神社を建てたという そして殺された六田にも本廟(墓)と与次郎稲荷神社建て参勤交代の折には参拝をかさねたと云う伝承である  与次郎稲荷には色んな伝承がある様だ 稲荷だから当然狐に名を借りた密偵・隠密説とか悲恋物語・飛脚説等だが与次郎狐に例えられた人物がここ六田宿で殺されたという事なのでしょう 然も与次郎の正体がばれそうになったので義宣が殺したともいう 与次郎の姓は那珂といい佐竹氏に従って秋田に来た家臣ともいう
(朝日新聞H25・12・21参照)

六田の与次郎稲荷の石鳥居
 ぶっかっこうだが何処かユーモラスで温もりがあり 最上三鳥居の一つで国文部省指定の重要美術品で市の重要文化財である

国指定天然記念物樹齢1500年の東根大欅 東根市本丸南1丁目
日本一である 日本欅見立て番付では東の正横綱である 注連縄がいかにも横綱である
 群馬県原町の大欅・山梨県三恵の大欅と共に日本三大大欅の碑撮る


尾上の松 村山市金谷尾上
国道13号沿いにある天然記念物の古木だったが枯死寸前に見えた

旧羽州街道沿いにある松並木の名残











稚木の森 其の2



眉はきを 俤にして 紅の花 芭蕉
東根市六田二丁目
 羽州街道(六田街道
羽州街道沿いは『麩』で有名だ 戦前までは六田地区は煙草と小麦の産地で麩の名産地であった 戦後は佐藤錦発祥の地としてさくらんぼに其の地位を奪われたが麩専門懐石料理店もあり観光客で大賑わいだ
左 羽州街道六田宿
 
元祖焼麩製造所の斉藤本店さんの入り口には芭蕉の『眉はきを 俤にして紅粉の花』の句碑がある 曾良旅日記には尾花沢から立石寺に向う途中六田で『内蔵ニ逢』とあり翌日の帰り道にも『六田ニテ又内蔵ニ逢う 立ち寄れば特賞ス』とあり彼らも麩の料理でもてなしを受けたかもしれない
 
居合道神社(熊野居合両神社) 村山市大倉地区林崎
 天文年間抜刀の祖 林崎勘助重信を神祖とする 彼は神妙秘術の抜刀奥義を極めたとされる人物で日本唯一の珍しい神社である