正式名称宝珠山阿所川院立石寺   山形市山寺
山全体が立石寺境内になっている 全域35万坪は日本の仏教寺院としては本山(比叡山延暦寺)に次ぐ広さであり其の総てが国の名勝・史跡・国指定公園に指定されているので勝手に手を入れることが出来ない だからここの79歳の御住職さんですら自分の土地でありながら文化庁の許可を受けなければお墓すら造れないそうだ

清和天皇御宝塔 
立石寺は8貞観2年(860)清和天皇の勅願により慈覚大師によって開基された その天皇が880年(元慶四年)崩御された その悲報に衆徒達がその寵恩と遺徳を慕い国家の安寧を願い御宝塔を根本中堂の隣に建立した 当山最古の石塔である

奥の院まで1015段の石段の入り口にあるのが山門 
鎌倉時代の建立だがここと根本中堂だけが度々の火災を免れた貴重な山門と言う 『関北霊窟』と書かれた扁額がある

     山寺 其の2       
 
根本中堂(立石寺という御山全体の寺院の本堂)
立石寺と言う寺の建物はない 現在の建物は延文元年初代山形藩主斯波兼頼が再建したもの 明治41年に特別保護建造物(国宝建造物)・昭和25年重要文化財とな
る 中堂を含めて山全体を立石寺と言う 天台宗に属するが宗派を超えた信仰を持ち三大将軍家光より寺領1420石をうけている
 
閑かさや 岩にしみ入る 蝉の声 芭蕉句碑
 
奥の細道
・・・山形領に立石寺と云ふ山寺あり。 慈覚大師の開基にして、 殊に静閑の地也。 一見すべきよし。人々のすゝむるに依りて、尾花沢よりとって返しその間七里ばかり也。 日いまだ暮れず。・・・

拾玉集 慈円
しのぶべき 人もあらしの 山寺に はかなくとまる わが心哉
  思ひいづる 心露けき 山寺の 聖のあとに 秋風ぞ吹く