塩戸 ここかしこに立ったり臥したりしている巌群の姿がことのほか面白い 男鹿の鈴風 文化7年6月24日 |
蝙蝠の窟 男鹿の島風 文化7年7月14日 |
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左 脇本城跡
菅原神社 細葉の椿 生鼻崎について馬から下りここに鎮座する菅大臣に幣をたむけた 文化7年7月18日 男鹿の寒風
文化7年6月24日男鹿の鈴風の中で真澄は『・・・戸賀の浦は大船・小船が集まって停泊する所なので遊女が一人や二人はいる 沢山の舟が入ってくる頃は老若を問わず女たちが問屋・船宿に入って相手をする 泊まる舟客が丸寝してして待っていると家にある灯火をみな消して暗闇としその中を女たちはさぐり寄ってきてやがて男たちの懐に身をまかせる 男も女も全く顔を合わす事ができないのでどのような相手に当たろうが舟人たちはそれをただ酌子果報と言って一夜の語らいをするだけである 鶏が夜明けを告げる頃みなひそひそと別れていってしまい相手の女がだれであるかも分からないが宿の刀自(女主人)ばかりは知っているのだろう・・・・』とこんな調子で当時の風習・習俗を記しているのです
菅江真澄の標柱は男鹿半島だけで83か所もあるのでここにあるのは本の一部である
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菅江真澄の道 椿 |
入道崎 北緯40度の地モニュメント この碑は経線上の正確なる南北をさしている
ここには日本の燈台50選の入道崎燈台がる |
左中 椿 文化元年8月25日 椿の浦につく ここは藪椿自生群生地北限の地 秋田県天然記念物指定第一号である
男鹿 其の7
左上下 北緯40度ライン
モニュメントの線上にこの様な五つの石が並んでいて一寸ばかりの幅の隙間がそれぞれあいている 1番端の石から覗くとそれぞれの隙間を通してモニュメントの碑が見えるのです 正確な経線を表しいるのでしょ |