国指定名勝・国指定天然記念物仏が浦(佛宇陀)  脇野沢と大間の中間佐井村
大町桂月(右上歌碑)
はその光景を
 
   神のわざ 鬼のてづくり 佛宇陀 人の世よならぬ 処なりけりと詠んでいる  
リアス式海岸等日本には奇石怪石の海岸は多いがここは特別の奇石怪石の地である 
下左 国道338号線の駐車場からの眺めである   
下右 大町桂月歌碑

 蝦夷錦  佐井村海峡ミュージアム展示 下北郡佐井村大字佐井大佐井
蝦夷錦 大陸黒竜江下流の民山靼人との交易(サンタン交易)によって蝦夷地にもたらされ珍重された 北海道に30点 ここ佐井村に9点・大間町3点むつ市2点など青森県・北海道に多くあるのは北前船や大陸交易の良き例である 又京都・関西の文化が色濃く残る展示物がありとても最果ての地の文化とは思えずまるで異国を見てるようだ 蝦夷と山丹交易や下北最古の山車の展示がある

大間町の丘陵から遥か北海道を見る  菅江真澄が菅江真澄漫遊記に書いた大間の牧も斯くの如きだったでしょうかか 下北半島北部にある中世以来の牧 中ごろ廃れ正保3年(1646)ごろ再び起こした 広さ東西20余丁南北1里余あったという 大町桂月の歌碑(下)には➡
奥戸の牧
 奥戸は『おこっぺ』と呼ぶ 菅江真澄漫遊記に書かれてるの奥戸の牧の所在を訪ね歩いたが不明の為川の標識を載せた 大間町奥戸の行政単位である 奥戸川の標柱がありました
  奥の海 其の4
    
    
大間崎 空と海との 間には 長き蝦夷が島 消えてかはりぬ 漁火の影
とある 菅江真澄遊覧記牧の冬枯れの項にも
 
➡ 『・・・奥戸は下北半島にある二つの牧の一つだとのこと・・・海岸から山の奥まで馬柵を結いわたしたのは丁度虹でもかかってるように見える なお進んで行くうちに大間の牧の内に入ったこの頃は木戸が解放してあるのでどちらの馬も区別なく入り混じって遊んでいるが奥戸の馬は目印として右の耳を切り大間の馬は左の馬を裂いてあるので・・・・』とあり一面が馬ばかりの様子を描いている この二つの牧は南部九牧のうちの二つでる 大間町はまぐろ(右)の町ばかりではないのです 北海道が目の前にあるのには驚いた