王宿
忠敬の墓地のある観福寺の近くにこの表札があった ネットによると小貫家のお宅だそうだが代々『王宿』と呼ばれているという 常陸国を治めていた平将門が承平2年(932)の暮れこの地に来て小貫家に宿を取ったことに由来する 成田山新勝寺は東国の混乱を恐れた朱雀天皇が940年将門調伏のため不動護摩の義式を行った所で成田山の開山起源の地 その為将門の末裔は今でも成田山新勝寺には1000年たっても参拝しないしここ王宿家の長男は代々参拝しないとのこと

下 国指定重要文化財本殿 元禄13年 五代将軍徳川綱吉公建築
利根川の 水せきあげて 香取潟 神のみとしろ ゆだねまきけり 橘 千蔭 
上左 香取神社国重要文化財 櫻門 門の左には武内宿祢 右側には藤原鎌足の像 扁額の文字東郷平八郎 元禄13年建築
左 櫻門から香取神社拝殿を望む
上 香取神社要石  往古香取鹿島の大神は尚漂えるこの地は地震が多く地中の大鯰を抑えるために地中深く石棒を差し込み押さえ込んだ 香取は凸型 鹿島は凹型である あづま路は 鹿島香取の二柱 うごきなき世を なお守らし 伊能穎則 

右 国指定登録文化財 拝殿
いづくにか 船乗りしけむ 高島の 香取の浦ゆ 漕ぎて来る舟 万葉集巻7柿本人麻呂
夏衣 香取の浦の うたた寝に 浪のよるよる かよふ秋風 続千載和歌集 藤原定家
上左 三本松
五冷泉天皇御宇源頼義公が参拝し天下泰平 社頭繁栄 子孫長久の三つの願成就せばこの杉自ら三岐に別れんと祈願したところ一株の杉が三岐に別れた事にに由来する
上 戦艦香取の船首の門 宝物館
大日本帝国海軍戦艦 正式名称は香取型練習巡洋艦1番艦香取 大正天皇・昭和天皇御召艦 明治36年竣工
左 ご神木  樹齢千余年
このめぐり いくさかありと 四人して いだけど足らず 神の古杉  落合直文 
       利根川 Ⅶ