伊香保の御湯(温泉)  上州伊香保温泉と言へば徳富蘆花でしょう  彼のエッセー春の山には『・・・兎に角2800尺の山上生活はこれが初めてでした。湯好、宿好、眺望好。私は伊香保に惚れました。好い顔に惚れると云うのはまづい駄洒落ですが全く伊香保に惚れました。・・・略・・・私は伊香保がしみじみ好きになりました。あまり好いので二週間で切り上げてそれから松島へ遠回りして逗子に帰りました。其の秋から国民新聞に載せ始めた小説不如帰の序幕の舞台に伊香保を使ったのも其の印象が忘れられぬ為でした。ご存知『不如帰』の冒頭の文章はここ伊香保温泉からはじまるのです➡
 ➡ 武男浪子の病の湯治に来た旅館は伊香保温泉に現存する千明仁泉亭なのです 当時全国の子女の涙を誘った作者徳富蘆花は明治31年5月に初めて当温泉を訪れ最後は昭和2年9月18日千明仁泉亭で亡くなったのです その間10回も常宿として訪れ不如帰他多数の作品を残した 蘆花と伊香保は切っても切れないのです(徳富蘆花記念館資料)