奥の細道 
其の3


 
左 伊澤左近将監家景の墓    右 水門 賢氏宅の庭の西隅にある伊澤家景の墓(個人の宅 物干しの奥)
利府町縁の留守氏は鎌倉時代、源頼朝によって初代陸奥国留守職として任命された その伊沢家景のお墓です。伊沢氏はその後代々留守職に任命され次第に留守氏と呼ばれるようになった その頃この地は頼朝の奥州征伐で平泉藤原氏が滅亡し混乱した状況の中頼朝に代わり奥州立て直しの任務を持ち将軍に代わって陸奥多賀城の留守番をする役目であった その職名から2代目家元氏から留守氏を名乗るようになった  墓は1819年加瀬に住む佐々木春奏氏が土中埋もれていた墓碑を発見したが当初は農家の藁たたき台となっていたという(ネットより)