上野国府/国分寺跡 現在住宅地になっていて調査発掘は未だされていない 宮鍋神社の蒼海城跡がその跡とある事が後日分ったのは残念 平将門は上野国府を襲撃して権力のシンボル国府印と財政基盤の屯倉の鍵を奪ったのは此の地なのです 下野・上野・常陸・相模・武蔵の国府を陥れた将門はこの地で新皇を名乗ったのです 古代68か国の国府には必ず国分寺・国分尼寺が併設されたが上は上野国分寺史跡で現在も発掘中である 右は復元された築地塀の中の礎石には模型のような豪華な七重の塔が建っていた 高さは60.5mもあったと云う 前橋市元総社町一帯付近 |
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右上下 山王廃寺(放光寺)
現日枝神社には今から1300年前7世紀後半の白鳳期に全国的にも稀に見る豪壮華麗な県内最古の寺院放光寺がこの地にあったのです 今でも創建当時寺院の屋根を飾った石製鴟尾・塔の中心礎石=塔心柱根巻石等がある 写真左の下にあるのが石製鴟尾(国認定重要美術品)でもう一つが同市都丸氏個人宅にある 瓦製ではなく石製で高さが1.03m・重さが1トンもある 此れが屋根の最上部の両端に載っている事はものすごくでかく頑丈な建築物だったろう 手前の円形の内径が1mもある塔心柱根巻石(国指定重要文化財)である➡ |
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