良寛生誕の地 橘屋跡地 新潟県指定史跡
佐渡島を背景に海上に浮かぶ浮見堂に見立ててある
日野資朝の歌は 佐渡へ流される時出雲崎に風待ちの為に滞在した時詠んだものである 後醍醐天皇と共に朱子学を学び鎌倉幕府の倒幕計画の中枢にいた人物 然し六波羅探題(鎌倉の朝廷への監視機関)に計画を察知され佐渡へ流罪された(正中の変 1324年) その後天皇老臣吉田定房の密告により再度倒幕計画が発覚して佐渡にて処刑された(元弘の乱 1331年) 其の時の宿がここ橘屋なのである |
良寛堂の背後には母の生誕の地である日本海の佐渡島を見ている良寛の後姿 正面には遥かに佐渡島が見えるのだが少し霞んでいて見えにくかった
たらちねの 母が形見と 朝夕に
佐渡の島べを うち見つるかも
古に 変わらぬものは 荒磯海
向かひに見ゆる 佐渡の島なり
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