二荒の山(黒髪山 男体山 日光山)
日光連山の主峰にして中禅寺湖の東北に聳え標高2500米突。男体は一名黒髪山と云う、黒神の義にて、神山の樹色鬱蒼たりしに由るか、されど万葉に、
ぬば玉の 玄髪山を朝越えて 山下露に涸れにけるかも
烏玉の 黒髪山の 山菅に こさめ降り敷く しく思ほゆ
など見ゆるは、この二荒山には非ず。何地とも今知れねど、詞中に、「朝越て」とよめるにて、小嶺なりしを悟るべし。此の日光の山峰ならば、いかでさる景物によむべき。而も、八雲御抄に、巳に下野国の名所とて、黒髪山を挙げられしを思へば、万葉の歌を同名の因みにて、日光に混同するも久しき事なり。堀川百首の題詠
旅人の 真菅の笠や 朽ちぬらん 黒髪山の 五月雨の頃 公実
うば玉の くろかみ山の 頂に 雪も積もらば 白髪とや見ん 降源
など見ゆるも、何地の山とも、尋ね定むべき限に非ず。回国雑記に、「翌日中禅寺を立出ける道に、数ちらしける紅葉の、朝霧のひまに見えければ、先達しける衆徒、長門の堅者といへる者に、いひ聞かせ侍りける。
山ふかき 谷の朝しも ふみ分けて わがそめいだす下紅葉哉
かくしつゝ、下山し侍りけるに、黒髪山の麓を過ぎ侍るとて、吾人言捨どもし侍りけるに、
ふりにける 身をこそよそに 厭ふとも 黒髪山に 雪を待つらん」
これは、まぎれもなき此山詠懐とす。 |
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左 山菅の橋
又は神橋と呼ぶ、鉢石町の西、大谷川の激湍に架し廟寺に入るの第一阻たり。山菅の橋とは清氏の枕草子に「山菅の橋は、名をききたるおかし」と載せ、元来万葉集に「黒髪山の山菅」と詠まれたるに因りて、黒髪山に附きたる歌名所と為せるなり。されど万葉なる黒髪山は、もと此日光の峻峰をよみたるに非ず、而も八雲御抄巳に黒髪山、山菅の橋を下野の名所に挙げたれば此地に山菅橋あるも、近世の事にあらず。
老いの世に 年を渡りて こぼれなば 根づよかりける 山菅のはし 懐中抄
日光山にやますげの橋とて、深秘の子細ある橋はべり、くはしくは縁起に見え侍る、顕露にしるし侍るべき事にあらず。 (大日本地名辞書 富山房)
二荒の山 U
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