上 奥州街道 三光寺近くを通る奥州街道と木柱の道標
 南部氏菩提寺三光寺 三戸郡南部町小向
 ここ南部町にある聖寿寺舘跡(国指定史跡)南部本宗家の室町時代から戦国時代の本拠地であったが天文8年(1539)家中の内紛により焼失した  聖寿寺館(本三戸城)跡等南部氏の史跡が多い 

南部27代目利直公の4男利康公の霊廟の説明板
霊廟の中に生憎の休館の為見学出来なかったのは残念でした 

土饅頭だけの2代目南部実光の墓 三光寺内
三戸町の北4kmほどにあるのが南部町 陸奥南部発祥の町である甲斐の国から初代南部光行公が糖部に入り2代目南部実光が実質的に三戸南部氏の祖となるが南部利直から見れば26代も前であるにも関わらず土饅頭だけの素朴な墓である   この左手に南部利康御霊屋(国需要文化財)・右手に利直御霊屋(県指定文化財)・信直夫妻の墓(県指定史跡)がある
右端上下 法光寺と県の天然記念物千本松並木 南部町
白華山法光寺は執権北条時頼開基
を伝える その裏にある三重塔は高さ日本一を誇る 千本松はその参道にある

今から700年前の鎌倉時代北条頼時が奥州行脚に上ったとき名久井岳山麓に開基したという  千本松は樹齢600年で日本の名松100選の一つである 名久井岳県立自然公園に属す

右上中 国指定重要文化財南部利康公御玉霊屋
1632年
寛永9年)27代南部利直公が四男利康公を悼んで創建された 建物は江戸時代初期の豪華絢爛な漆塗りに極彩色の鍍金金具を施し桃山建築様式をとりいれた東北随一の絢爛さを誇る  24歳の若差で亡くなった息子の為に三戸郷1年分の収納高の費用をかけた

 青森県重要文化財南部利直公御霊廟説明板
墓所は盛岡市東禅寺にある 元和元年(1615)盛岡城を築城して城下町を形成した

         奥の郡 其の3
              

三光寺裏の信直夫妻の墓の隣にこ南部利直公の霊屋がある(県重要文化財) 信直・利直親子の時盛岡不来方に築城していたので三戸南部氏から盛岡南部氏と呼ばれた