釜臥山からのむつ市と陸奥湾・奥の海 
明治4年6月1500名の会津藩士はここに上陸したのです
右隣  国指定重要文化財旧 海軍大湊要港部水源地堰堤 むつ市大湊
明治42年に建造された日本最古のアーチ式ダム 高さ7.5m 幅26.5mの小型ながら4っつの櫛形アーチからの水の流れ落ちる光景は美しいとの事 いかに大湊の旧海軍基地の重要性が分ります 平成5年に県重宝に指定された

陸奥湾に沿って下北半島を北上するJR大湊線 JR最北の駅 てっぺんの終着駅
左上 泉龍寺

左下 中川五朗治の父母・祖父母の墓碑

上記北洋館から十数キロ離れた川内町の泉龍寺には何と日本最初の天然痘種痘(牛痘)の先駆者中川五朗治の肉親の墓碑がある 
日本最初の牛痘による種痘は嘉永2年(1849)の緒方洪庵とばかりと思っていたのでこの最果ての地で其の25年も前の文政7年(1824)に日本最初の種痘をした男がいたとは驚きました その名は中川五朗治です 泉龍寺の奥様に貴重なコピーを頂きました 墓碑には彼の祖父母・父母の俗名と法名が彫られている  

JR最北の駅 大湊駅 むつ市
     奥の海 其の2 

旧帝国海軍水行社 北洋館  むつ市大湊
 この建物は大正5年日本海軍大湊要港部の水交社として建築された つまり海軍士官の社交場であった 明治39年の建造当初は木造であったが大正3年に火災の為に焼失したものを大正5年に当時としては珍しい石材を使用した  中には貴重な旧帝国海軍の生々しい資料が凡そ1000点も展示されている 昭和54年日本建築学会から全国20000件の中から大正・昭和の名建築として620件の中に選ばれた貴重な建物