大滝根山麓のあぶくま鍾乳洞 前の高さ凡そ150mの石灰岩の切羽の白さは見応えがあります 建物と比較して下さい これは現住友セメントの前身の磐城セメント四倉工場の主原料の採掘跡地なのです 大正6年磐越東線開通以来昭和38年住友セメント田村工場が開設されるまで毎年最盛期には年間41万トンが採掘されたというが往時の過酷劣悪な労働下のもと数十名の殉死者もいたのです
下右 蝦夷の敵将大多鬼丸等がこもった鬼穴 逹谷窟(たやのくつ) 平泉に田村麻呂縁の逹谷窟(たっこうくつ)が有りますね 
    鬼ヶ城山  いわき市川前上桶売
887m全山花崗岩で山頂は特に巨大な岩石で形成されていてまさに城砦の様だという 伝承は勿論悪役の鬼に対して蝦夷征伐の命を受けた坂上田村麻呂が征伐するのです まさに南部阿武隈山中は鬼だらけなのです
 鬼は勿論蝦夷を意識しているのである
下 鬼ヶ城山上桶売地区にあるがこの地名が又すごいのです あの征東将軍藤原継縄卿の恋人の名前に由来すると聞いたら二度びっくりです  その名は瓜姫と云う
  あぶくま洞 天然記念物滝根御殿 この辺りは仙台平と呼ばれ他にも同じくカルスト大地特有の入水鍾乳洞鬼穴などがある
鬼穴には絶滅危惧種のテングこうもりがいるので中には入れません
  兎に角田村麻呂伝説の地には鬼の名のつくものが多いのです ここ旧田村郡大越町にある大滝根ファミリーランドにある鬼五郎渓谷沿いにも鬼の名のつくポイントが多数あるのです 鬼のかくれんぼ台・鬼の展望坂・鬼五郎坂・地獄谷・鬼五郎砦・鬼跳ヶ原・首切沢・鬼の見張台・鬼の岩戸等や近くには鬼が城山(887.3m)がある その上ここ大越の地名も大多鬼丸攻撃で朝廷軍が大声を上げて威嚇した事に由来すると言うのです  
北東北には鬼剣舞やナマハゲの様に鬼にまつわる伝承・地名は数多い 都から見て北東にある陸奥は陰陽道によれば鬼門であり、室町時代に描かれた清水寺縁起絵図にある田村麻呂の蝦夷征伐の絵図では蝦夷は毛深くしかも赤ら顔で角まで描かれているのです つまり蝦夷は鬼のイメージであり大滝根山の伝承も鬼のいる大多鬼根山大多鬼丸伝承につながるのではないでしょうか
 
あぶくま山 其の5
    

逢わぬ恨みか 桶売姫の 石となっても 雨降らす 橘月
あぶくま山中の鄙びた山村にどんな事情でこんな魅力的伝説が出来たのでしょうか
 
 雨降り石  瓜姫は彼の後を追ってこの地まで辿り着いたが桶ノ臣(藤原継縄)は既に奥地の陸奥へと出たあとであったと云う 追う気力を失った瓜姫はここで死んだと言う それ以降桶ノ臣と瓜姫の名をとって桶瓜(売)としたと言う この石は白牛がみかげ石と化したもので雨降り石と云うが一説には恋人を慕う瓜姫 その恋人(桶ノ臣)に逢えずに死して石になったも云う 人若しこの石に触れれば如何なる晴天でも俄に降雨に見舞われるというのです➡