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羽州街道小坂峠より見下ろす信達平野(伊達郡) 街道一の絶景という
伊達往還道はここ桑折から羽州街道で宮城県七ヶ宿で二井宿の追分から高畑・米沢へ向う二井宿街道となる 七ヶ宿から東へ向えば現国道113号となり宮城県白石市である 東北南部を支配した伊達氏にとって米沢・白石・桑折は重要なトライアングルだたに違いない 三春田村氏の愛姫が米沢の伊達政宗に嫁ぐ際に通ったのがこの羽州街道である 桑折町や山中七ケ宿を通り上山藩・山形藩・新庄藩の領内を通り藩境の院内峠(現雄勝峠)から秋田藩に入りる そして秋田領内を北上し津軽藩との藩境矢立峠を経て津軽藩油川に至る街道だ。 |
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上左端2羽州街道中の茶屋跡
中の茶屋跡は,道中の休憩所・平場であると同時に, 新旧道の分岐点でもあります この先は3代の道が存在するのです 旧街道(産坂), 幕末に拓かれた車道(慶応新道), そして現代の県道 産坂とはお産の苦しみ程の難所の坂の事
上中 伊達藩代12代藩主伊達成宗の墓所 羽州街道伊達郡国見町小坂部落の人目のつかない山懐にある 生前の彼は1483年(文明15年)将軍足利義正や夫人日野富子に太刀・馬・砂金など莫大な金品を献上して奥州一の大名振りと都の人々を驚かせたと言うが余りにも孤独なところに有る
抑えの関 其の2
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