たのめこし 人の心は 通ふやと 問ひても見ばや うやむやの関 土御門天皇 東路の とやとやとほりの 曙に ほととぎす鳴く うやむやの関 夫木和歌集 武士の 出さ入さを 枝折する おちおちどちの むやむやの関 歌林良材集 こしやせん こさでやあらん これそこの とやとやとほりの もやもやの関 八雲御抄 陸奥の国 思ひやるこそ はかなけれ とやとやとほりの もやもやの関 八雲御抄 霧深き とやとやとほりの 道問へば 名にさへ迷う うやむやの関 宗良親王 宿世山 なとひ那無やの 関としも 隔てし人に 音なかすらん 源 俊頼 ふる雪に 賎のしをりも うずもれて たつきもしらぬ むやむやの関 |
有耶無耶の関 ![]() ![]() |
思いきや 今宵の月を 陸奥の 阿古耶の松の 陰に見んとは と詠んでいる この伝説は山形市内の千歳山にも残る |
『一度見ぬ馬鹿二度見る馬鹿』 という言葉があるが こんな恍けた名の関には是非一度は行きたい気になるネーミングです。但しこの関は2ヶ所あるから皆が二度見る馬鹿になる覚悟が必要なのです。宮城と山形を結ぶ現国道286号の県境にある『笹谷峠』と山形県鳥海山の西麓遊佐町女鹿の国道7号線の『三崎峠』である。そもそも所在地からうやむやに相応しい。この欲求不満になりそうなもやもやした関については古代語の東北学(歴史春秋社)で面白く詳細に載っている。本に載ってるこの関名を列挙してみると 有耶無耶は勿論むやむや もやもや いなむいな いな人 いな 牟也無夜 ふやふや いなむや等全く何がなんだかわからないのである。何故そうなったのかを大雑把にまとめると笹谷峠(地元では無谷峠とも)は古来大関山と呼ばれていた(吾妻鏡に於ける国衡逃亡と和田義盛による討伐)。重要な関だから大関なのだ。つまり大関と言う立派な関の呼称が先にあったのである。所がこの峠は実に霧深いのです。私が行った平成12年9月山形市内は蒸し暑く晴れていたのに この関に辿りつた時は霧が深くシューズと裾がびしょびしょになった経験がある。そして平成14年9月も小雨と霧なのだ。 |
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